夫がうつ病になったとき、
「私に何ができるんだろう」
と、何度も考えた。
食事をちゃんと作ったほうがいいのかな。
できるだけ明るく接したほうがいいのかな。
散歩に誘ったほうがいいのかな。
何か元気になることをしてあげたほうがいいのかな。
夫が休職していた頃は、そんなことをよく考えていた。
夫が少しでも楽になれるように。
早く元気になれるように。
私にできることは、できるだけしてあげたい。
そう思っていた。
でも、夫のうつ病との生活が長くなるにつれて、少しずつ考え方が変わってきた。
「何をしてあげればいいんだろう」だけを考えなくてもいいのかもしれない。
そう思うようになった。
私がやめたこと①「何とかしてあげよう」とすること
夫の調子が悪そうだと、
「何かしてあげなくちゃ」
と思っていた。
食事はこれがいいかな。
少し運動したほうがいいかな。
気分転換になりそうなことはないかな。
いろいろ考える。
でも、夫の状態が良くなるかどうかは、私が頑張った分だけ決まるものではない。
私には私にできることがある。
でも、夫の回復を私がコントロールすることはできない。
それに気づいてから、
「私が何とかしなきゃ」
という気持ちを、少しずつ手放すようになった。
私がやめたこと②「どうしてほしい?」と何度も聞くこと
夫がつらそうにしていると、
「どうしてほしい?」
と聞きたくなる。
何かしてあげたい。
少しでも楽にしてあげたい。
だから、夫の希望を聞こうとする。
でも、本人だって何をしてほしいのか分からないことがある。
私自身、以前はそれに戸惑っていた。
「何をしてほしい?」と聞いても、
「分からない」
と言われる。
それなら、どうすればいいんだろう。
そんなふうに私まで迷ってしまう。
今は、何でも答えをもらおうとしなくなった。
必要なときは、
「何か必要だったら言ってね」
くらいにしておく。
そして、私自身も自分のことを考える。
それだけでも、ずいぶん気持ちが楽になった。
私がやめたこと③「ちゃんと食べさせなきゃ」と思うこと
私は管理栄養士なので、食事については特に気になった。
食欲が落ちている。
食べる量が少ない。
栄養が偏っている。
そんな様子を見ると、
「もう少し食べてほしい」
と思ってしまう。
でも、食べられないときに、
「ちゃんと食べなきゃ」
と言われることが負担になる場合もある。
だから今は、
「今、食べられるものを食べられるときに」
くらいの気持ちでいる。
毎回完璧な食事じゃなくてもいい。
家族の食事まで、全部きちんとしようとしなくてもいい。
それは夫のためだけではなく、私自身が疲れすぎないためでもある。
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私が続けていること①「いつも通りの生活」をできる範囲で続ける
夫がうつ病になったからといって、家の中のすべてを病気中心にする必要はないと思っている。
ごはんを食べる。
お風呂に入る。
買い物に行く。
テレビを見る。
散歩をする。
猫と過ごす。
私自身も、自分の好きなことをする。
もちろん、夫の状態によって変わることもある。
でも、できる範囲で「いつもの生活」を残しておく。
それは、私自身にとっても大切だった。
私が続けていること②「できたこと」を見る
うつ病になったばかりの頃は、
「今日は何もできなかった」
というところに目が向きやすかった。
朝起きられなかった。
外に出られなかった。
ずっと寝ていた。
仕事に行けなかった。
でも、少しずつ回復してくると、
朝ごはんを食べた。
散歩に行けた。
買い物に行けた。
人と話せた。
そんな小さな変化も見えるようになった。
以前なら当たり前だったことでも、
「今日はできたね」
と思えるようになった。
何か大きなことをしてあげるより、
小さな変化を一緒に喜ぶ。
今の私は、そんなことを大切にしている。
私が続けていること③「夫の回復」と「私の生活」を分ける
これは、私にとって一番大きな変化かもしれない。
夫がつらそうだと、私まで気持ちが沈んでしまう。
夫が元気だと、私も嬉しくなる。
それは今でも変わらない。
でも、
「夫が元気じゃないから、私も何も楽しんではいけない」
とは思わなくなった。
夫には夫の時間がある。
私には私の時間がある。
一緒に暮らしているからこそ、全部を一緒にしなくてもいい。
私が一人の時間を持つことも、
好きなことをすることも、
外に出ることも、
笑うことも、
悪いことではない。
家族ができることには限界がある
家族だから、何かしてあげたい。
それは自然な気持ちだと思う。
でも、家族にできることには限界もある。
病気を治すことはできない。
本人の代わりに仕事をすることもできない。
本人の気持ちを全部理解することもできない。
だからこそ、
「私にできること」と「私にはできないこと」を分けることも大切なんだと思う。
できないことまで背負わない。
全部を自分の責任にしない。
それは、夫を見捨てることとは違う。
むしろ、無理なく長く一緒に暮らしていくために必要なことなのだと思う。
「何をしてあげればいい?」から少し離れてみる
夫がうつ病になってから、私はずっと、
「夫のために何ができるか」
を考えてきた。
でも今は、それだけではなく、
「私はどうしたい?」
も考えるようになった。
夫が休んでいる間に、自分も休む。
夫が家にいても、自分の予定を入れる。
食事を頑張りすぎない。
一人の時間を作る。
疲れたら「今日は無理」と思っていい。
そうやって少しずつ、自分の生活を取り戻していった。
家族を支えることと、自分を大切にすることは、どちらか一つではない。
両方あっていい。
家族だからこそ、全部を背負わなくていい
うつ病の家族を見ていると、
「もっと何かしてあげなきゃ」
と思ってしまうことがある。
でも、何かをしてあげることだけが支えることではない。
そっと見守ること。
必要なときに話を聞くこと。
いつも通りの生活を続けること。
一緒に小さな変化を喜ぶこと。
そして、自分自身の生活を守ること。
それも家族にできることの一つだと思う。
私もまだ、うまくできない日がある。
夫のことが心配で、あれこれ考えすぎる日もある。
それでも以前より、
「私が何とかしなきゃ」
ではなく、
「夫のことは夫のペースで。私は私の暮らしを大切にしよう」
と思えるようになってきた。
家族を支えることは、ずっと頑張り続けることではない。
支える側も、自分の人生を生きていい。
私はそう思っている。
