うつ病の夫を持つ妻として、2度目の休職を経験しました。管理栄養士として食事のことは意識して頑張ってきたつもりです。それでも消えなかった不安と、支える側として初めて言葉にできた本音を、そのまま綴っています。
2度目の休職、それでも消えなかった不安
夫が2度目の休職に入ったとき、私はまた、あの感覚に戻りました。
夫の顔色をうかがい、機嫌の良し悪しで一喜一憂し、ずっと何かに怯えているような日々。1度目のときと同じように、今回もやっぱり不安でした。「2度目だから少しは慣れた」なんてことは、正直なかったです。
ただ、不安の中身は、1度目と少し違っていました。
「わからない不安」から、「時間が消えていく不安」へ
1度目のときは、とにかく「わからない」ことへの不安でした。何が起きているのか、これからどうなるのか、私は何をすればいいのか。何もわからないまま、ただ不安だけが大きくなっていきました。
2度目は、その「わからない不安」は相変わらずありました。でも、それに加えて、もうひとつ別の不安がありました。自分の時間が、少しずつなくなっていく感覚です。夫のことを考える時間、家のことを回す時間。気づけば、自分のために使える時間が、地味に、でも確実に減っていました。
管理栄養士として、食事だけは頑張ろうと決めていた
食事のことは、頑張ろうと決めていました。管理栄養士として、何かできることがあるとしたら、まずここだと思ったからです。夫が筋トレを始めたのに合わせて、タンパク質を意識して増やしました。肉や魚、卵の量を少し多めに。「これでいいのかな」と迷いながらも、出したものはいつもきちんと完食してくれました。それだけが、数少ない「うまくいっている」実感でした。
生活リズムは、思うようにいかなかった
生活リズムは、思うようにいきませんでした。「同じ時間に起きよう」と決めても、結局、眠さには勝てませんでした。昼まで眠ってしまう日もありました。それを責める気にはなれなかったけれど、心のどこかでこう思っていました。
「こんなに眠くて、復職したら仕事になるんだろうか」
夫はよく、こう口にしていました。「仕事をしていないと、社会に取り残されたような気持ちになる」。休んでいる間も、世の中は先に進んでいるように感じる、と。
私が抱えていた不安は、もう少し現実的なものでした。「仕事をしていない今、この先の生活はどうなっていくんだろう」。夫の気持ちに寄り添いたいと思いながら、頭のどこかでは、いつも家計や将来のことを考えていました。
夫が一番しんどい。けど、私もしんどいときがある
そして、ずっと言葉にできずにいたことがあります。
夫が一番しんどい。それは、分かっています。だから、自分がしんどいなんて言ってはいけない気がしていました。でも、本当は、しんどい瞬間が私にもありました。顔色をうかがい続けること。自分の時間が削られていくこと。それに、しんどいと思ってしまう自分への罪悪感。
この不安は、たぶんこれからも、完全には消えないと思います。2度目を経験したからといって、次が来ないとは限らないし、来たらまた同じように不安になるかもしれません。
それでも、今できることをやる
それでも今、思うのはこういうことです。
心配していても、夫の眠さが減るわけでも、私の不安が消えるわけでもありません。だったら、できることをやるしかない。ご飯を食べて、少しでも体を動かして。眠いときは、無理せず寝る。私自身も、ほんの少しでいいから、自分のための時間を持つ。
管理栄養士としてできることには、限界があります。それでも、「今、できることをやる」というシンプルな姿勢だけは、1度目のときよりも、少しだけ持てるようになった気がしています。
もし今、同じように「相手が一番しんどいはずなのに、自分もしんどい」と感じて、その気持ちを誰にも言えずにいるなら。その感覚は、決しておかしなものではないと、私は伝えたいです。
